面の東西、そのルーツは同じ

麺の発祥についてはあまり明確ではないようで、中国発祥、イタリア発祥、その他のシルクロード沿いの地域が発祥などという説もあるようです。そこで、麺の主たる原料である小麦からみて行きましょう。太古の昔の小麦は西アジアから南部にかけて生えていたと言われています。その小麦に手を加えて計画的に栽培するようになったのは古代人で、今から8,000年以上も昔の古代人の町遺跡の中に麦の種、石臼のような道具が見つかっているようです。紀元前4,000年から3,000年の頃の現在の中東地域に存在した古代文明の頃には、間違いなく小麦が栽培され、食べられていたようです。しかし、そこからいつ、どこで麺に小麦が変化したのかが明白ではありません。西アジアの遊牧民達は、小麦を水で練って食べました、そこから紙状のた餃子の皮のようなものを作り、やがてそれが中国にも伝わりました。中国の古代の国々の勢力の拡大とともに西アジアの国々、人々国々との各種の交流により、麺の元となる食べ物が出来上がっていったのではないでしょうか。紀元前3世紀の頃の中国では、小麦粉を水で練りあげ、薄くのばしたり、細長くのばしたりと、いわゆる麺が現れました。その後は、細く切ったり、スープに入れて食べたりと、次第に種類も増えて行きました。10世紀にもなると麺の専門店なるものも出来てきて、材料には小麦以外も使われるようにもなり、今日ある各種の中国麺が出来上がって行きました。そして日本へは13世紀に中国から麺が入ってきました。中東の古代文明の時代の小麦作りと練りものは、古代ギリシアへも伝わり麺状のものが作られました。その後は古代ローマへと広まって行きました。古代のローマ人は小麦粉を水で練って茹でたものを食べていました。それが次第にパスタへと発展を遂げて行きました。イタリア半島では紙状に薄くのばした小麦粉の練りものに詰め物をしたり、細長い糸状の麺にしたりと、現在のイタリアパスタの原型を少しずつ固めて行きました。こうして、古代人の栽培した小麦は東へ、西へと広まり今日の麺を形成して行ったのでしょう。